『幸せになる勇気』の第五部は、アドラー心理学の中でも最も深いテーマ「愛のタスク」に向き合う章です。
これまでの章では「仕事のタスク」「交友のタスク」を学んできましたが、最後に登場するのが「愛」。
それは、もっとも逃げ場のない、人生の核心にある課題です。
僕(ウチ)もこの章を読んで「愛されること」ではなく「愛すること」こそが人生を動かす力なんだ、と気づかされました。
ここでは各目次ごとに、内容のあらましと、印象に残った言葉を交えながら整理していきます。
愛は「落ちる」ものではない
ここでは、「恋に落ちる」という受け身のイメージから離れます。
愛は、偶然訪れるドラマチックな感情ではなく「この人と生きていく」と決めて、なにもないところから築きあげていく営みだと語られます。だからこそ、愛のタスクは甘いだけでなく、困難な課題でもあります。
「意思の力によって、なにもないところから築きあげるものだからこそ、愛のタスクは困難なのです。」
この一文はズシッと来ると思います。
“ときめいたから付き合う”“気持ちが冷めたから終わり”という態度は、どこか「落ちる」感情任せです。
むしろ「選び続ける」「関係を手入れし続ける」という視点に立ったとき、愛は一段深いテーマになります。
女性向けのロマンに寄せすぎず「一緒に育てるプロジェクト」として捉えると、男性も納得しやすい考え方だと感じます。
「愛される技術」から「愛する技術」へ
多くの人は「好かれる方法」「選ばれる条件」を気にしますが、本書が問い直すのは「自分は誰をどう愛するのか」です。“手に入れた瞬間で終わる関係”ではなく、“一緒に生きていく相手を大事にし続ける力”へと発想を転換します。
「例えば欲しかったカメラを手に入れても使わなくなってしまう、それは『それを獲得し、所有し、征服したかっただけ』である。」
「他人を愛すること」は、その何倍も難しい課題である。
モノなら飽きても問題ありませんが、人間関係で同じことをやると、誰かを傷つけます。
“愛される技術”ばかりを追いかけていると「評価してくれる人」を探す癖がつきますが、“愛する技術”を意識すると「この人とどう向き合うか」が中心になります。
男性側から読むと「スペックで選ばれたい自分」から「ちゃんと愛せる人間でありたい自分」へのシフトが、けっこう刺さるポイントだと思います。
愛とは「ふたりで成し遂げる課題」である
愛は、一方が尽くすものでも、一方が寄りかかるものでもなく「ふたりで成し遂げる課題」です。にもかかわらず、私たちはその“技術”を教わらないまま恋愛・結婚に進み、うまくいかないと悩みます。
「愛とは『ふたりで成し遂げる課題』である。しかし我々は、それを成し遂げるための『技術』を学んでいない。」
この視点は「なるほど」と感じるところだと思いました。
うまくいかないとき、つい相手のせい、環境のせいにしたくなりますが「ふたりで課題に向かう」という構図に変えると、責め合いから協力モードに切り替えやすくなります。
恋愛も結婚も「正解を知っている誰か」に丸投げするのではなく、ふたりで技術を身につけていくプロセスなんですよね。
人生の「主語」を切り換えよ
ここで提示されるのが「主語の転換」です。
「わたし」でも「あなた」でもなく「わたしたちの幸せ」を主語にして生きること。
ふたりの関係を、自分か相手かどちらかが勝つ構図ではなく、上位の次元にある「わたしたち」として考える姿勢が愛だと説かれます。
「『わたし』や『あなた』よりも上位のものとして『わたしたち』を掲げる。」
「本当の愛を知ったとき『わたし』だった人生の主語は『わたしたち』に変わります。」
これ、かなり実用的な視点だと思います。
仕事・趣味・自由時間、どれも大事ですが「わたしたち」を一段上に置いて考え直すと、不要な対立が減ります。
女性だけに“献身”を求めるのでもなく、男性だけが“我慢”するのでもなく、両方が「わたしたち」という主語を持てるかどうか。そこに成熟度が出ると感じます。
自立とは、「わたし」からの脱却である
自立とは「ひとりで何でもできること」ではなく「自己中心性から離れること」です。
いつまでも“世界の中心に君臨する自分”でいるのではなく、「自分も世界(共同体・関係)の一部だ」と了解することが、本当の自立だと語られます。
「愛が『わたし』からの解放だから。」
「自立とは『自己中心性からの脱却』なのです。」
男性は特に「自立=誰にも頼らない」「守る側でいなければ」と背負い込みやすいですが、それもまた“別の自己中心”になりがちです。
相手も自分も尊重しながら「世界の一部としてふたりで立つ」というイメージで捉えると、自立と愛がつながって見えてくると思います。
その愛は「誰」に向けられているのか
ここでは、愛の矢印が「自分を満たすため」だけに向いていないかが問われます。
愛とは、大人として自立したうえで相手に向けるものであり、その分だけ困難でもあると説かれます。
愛は自立です。大人になることです。だからこそ、愛は困難なのです。
自分の寂しさを埋めるための相手探しになっていると、どうしても要求が大きくなります。
「相手がこうしてくれない」「もっと分かってほしい」となりがちです。
一方「自立した一人の人間として、その人に向き合いたい」と考えると、言葉の選び方も、接し方も自然と変わっていきます。
男女ともに、自分の愛の向き先を一度チェックしてみる価値がありそうです。
どうすれば親の愛を奪えるか
ここでは、親からの評価・愛情への執着から自分を解放し、「親の物語」ではなく「自分の物語」を生きることが語られます。その延長に、他者を健全に愛せる自分への移行があります。
子どもの頃の「もっと認めてほしかった」「愛されたかった」という思いを、そのまま大人の恋愛や人間関係に持ち込んでしまうことがあります。
この章は「親の愛を求める子ども」から卒業して「自分から愛を与えられる大人」になることを促しているように感じました。
男女問わず、“承認待ちモード”のままでは、対等なパートナーシップを築きにくいですよね。
人は「愛すること」を恐れている
多くの人は「愛したい」と言いながら、本当は“先に自分が愛すること”を恐れています。劣等感や不安から「あなたが愛してくれるなら、あなたのことを愛する」という条件付きの姿勢をとり、その結果、関係が深まらなくなります。
自らの劣等感を、課題を解決しない言い訳に使っている。
つまり、その立場は『あなたが愛してくれるなら、あなたのことを愛する』。
「傷つきたくない」から、先に動かない。
でも、それを続けている限り、本当の意味で信頼関係は育ちません。
もちろん“都合よく尽くせ”という話ではなく、「少なくとも、自分の恐れを言い訳にしすぎていないか」は、一度立ち止まってみてもいいのかなと思います。
運命の人は、いない
「運命の人」という言葉は魅力的ですが、それを盾にして現実の出会いを否定していないか、と本書は問いかけます。ありもしない理想像を掲げて「出会いがない」と嘆くと、全ての候補者を排除してしまいます。
全ての候補者を排除している。
ありもしない理想を持ち出すことによって『出会いがない』と嘆いている。
理想リストを持ちすぎると誰も選べなくなるということでしょうか。
大切なのは「完璧な人を探すこと」ではなく「この人と生きることを決める自分」だと感じました。
“運命の人がいるから決める”のではなく、“決めた相手との歴史が運命になっていく”と考えると、少し肩の力が抜けます。
愛とは「決断」である
ここで「愛=決断」というキーワードが明確に語られます。
結婚は「誰かに選ばれること」ではなく「自らの生き方を選ぶこと」であり、愛と結婚は、ふたりで踊るダンスのように歩調を合わせる営みです。
結婚とは自らの生き方を選ぶこと。
愛と結婚は、ふたりで踊るダンスである。
好きという感情は入口であって、その先は「決め続ける力」が問われます。
男性にとっても「覚悟しろ」と上から押しつけられる話ではなく「自分の人生観としてどう選ぶか」を考えられるテーマですし、女性にとっても「選ばれる側」から「一緒に決める側」への移行として受け取れると思います。
ライフスタイルを再選択せよ
「幸せになりたい」と言いながら、実は「楽になりたい」だけになっていないか。
他者を愛することから逃げていないか。
愛を知り「わたしたち」を主語に生きることで、自己中心性から解放されるライフスタイルへの再選択が促されます。
『幸せになりたい』ではなく、もっと安直な『楽になりたい』になっていないか。
われわれは他者を愛することによってのみ、自己中心性から解放されます。
耳が痛いですが、本質を突いていると思います。
楽な方だけを選び続けると、深い信頼関係や充実感は手に入りにくい。
男性も女性も「しんどさを引き受ける覚悟をどこまで持てるか」が、そのまま“愛せる力”に繋がるのだと思います。
シンプルであり続けること
世界も人生も、本来はシンプルです。
しかし、実際には感情・損得・プライドが絡んで複雑になり「シンプルであり続けること」はとても難しいと語られます。
シンプルであり続けることはむずかしい。
シンプルに考えるなら、
「この人を大事にしたいか」
「この関係を育てたいか」
答えはわりとハッキリしていることが多いです。
そこから目をそらさずに選んでいくことが、男女関係なく“かっこいい大人”なんじゃないかなと思います。
あたらしい時代をつくる友人たちへ
最後は「すべての出会いと対人関係において『最良の別れ』に向けて不断の努力をする」というメッセージで締めくくられます。答えを誰かに求め続けるのではなく、自分の頭と心で選び取ること。それが「幸せになる勇気」だと語られます。
すべての出会いをすべての対人関係において、ただひたすら『最良の別れ』に向けた不断の努力を傾ける。
答えは与えてもらうものではなく、自らの手で導き出すもの。
“最良の別れ”とは「いつ振り返っても恥ずかしくない関わり方をしていたか」ということ。
恋愛でも、仕事でも、友情でも、男女問わずここを意識して生きる人が増えたら、それだけでかなり良い社会になる気がします。
この本は、そういう意味で「新しい時代をつくる仲間たちへ」のメッセージにも読めます。
まとめ:「自分ごと」になるポイント
第五部のメッセージを一言でまとめるなら、
「愛される側でいるか」ではなく「愛する人生を選ぶ自分になるか」
だと感じます。
- 「落ちる愛」ではなく「築く愛」を選ぶこと
- 「愛される技術」より「愛する技術」を意識すること
- 人生の主語を「わたし」から「わたしたち」へ切り換えること
- 自立=自己中心からの卒業としてとらえること
- 運命待ちではなく、「誰と生きるか」を自分で決断すること
僕自身も「どんな相手に出会えるか」以上に、「どんな自分として愛していくか」を問われていると感じました。
ウチです。
日々の練習や気づきをブログに残しています。
最近はペン字を中心に、手を動かすことを大切にしています。
特別な肩書きはありませんが、続けることを心がけています。

