『嫌われる勇気』(岸見一郎・古賀史健)とは
『嫌われる勇気』は、哲人と青年の対話形式で進むアドラー心理学の入門書で、全5章から構成されています。哲人は青年に人生の答えを「教える」のではなく、問いかけを通して「自ら気づかせる」ことで導いていきます。本書の核心は、過去やトラウマに縛られず「いま、ここ」をどう生きるかという自由と責任を自覚すること。人は他人の評価ではなく、自分の意思によって幸福を選び取ることができるという考えを、対話を重ねながら深めていきます。読者もまた青年とともに、他者に左右されない“自分の生き方”を見つめ直す旅に誘われる一冊です。
ここでは「嫌われる勇気」を1章毎にまとめたいと思います。
知られざる「第三の巨頭」
心理学の歴史を語るとき、必ず登場するのが「心理学の三大巨頭」と呼ばれる3人の人物です。
それは、フロイト、ユング、そしてアルフレッド・アドラー。
フロイトが「無意識の力」を発見し、ユングが「集合的無意識」を提唱したのに対し、アドラーは「人は過去ではなく目的で動く」という、まったく異なる視点を打ち出しました。
彼は“原因”ではなく“目的”を見ようとした心理学者です。
そのため、アドラー心理学は単なる治療理論ではなく、「どう生きるか」を問う“人生哲学”として、多くの人に影響を与えました。
書籍『嫌われる勇気』は、そんなアドラーの思想を哲人と青年の対話形式でわかりやすく描いた一冊です。
第一夜のテーマは「トラウマを否定せよ」。
これは「人は過去の出来事によって決まる存在ではない」という、アドラー心理学の根幹にある考え方を伝える章です。
なぜ「人は変われる」のか
原因論と目的論の違い
アドラーの思想を理解する上で欠かせないのが「原因論」と「目的論」の違いです。
フロイト心理学では、人の行動は“過去の原因”によって決まると考えます。
これを原因論といいます。
たとえば「子どもの頃に親に怒られた経験があるから、人の顔色をうかがうようになった」――これはまさに原因論です。
人の行動を、過去の出来事という“原因”から説明する考え方です。
しかし、アドラーは真逆の視点をとります。
「人は過去によって動かされるのではなく、未来の目的によって行動する」と考えました。
これが目的論です。
アドラー心理学では「あなたがそうしているのは、そう“したい”目的があるから」という立場を取ります。
つまり、私たちは“何かを避けたい”とか、“何かを得たい”という目的のために行動しているのです。
原因論と目的論を「風邪」で考える
たとえば、あなたが風邪をひいて高熱を出したとします。
医者に相談すると、こう言われるでしょう。
「寝冷えが原因ですね。」
これは原因論的な考え方です。
つまり「寝冷えした(原因)から風邪をひいた(結果)」という過去の因果関係で説明しています。
一方で、アドラーの目的論的な視点では、こう考えます。
「風邪を治したいから病院に行った」
ここで重要なのは、あなたが“行動した理由”が「治したい(目的)」という未来にあることです。
過去の原因を掘り下げるよりも「今どうしたいか」「どんな方向に進みたいか」を重視するのが目的論の特徴です。
アドラーはこう語ります。
「人は原因によって動くのではない。目的によって動くのだ。」
この考えに立つと「過去がこうだったから、私は変われない」という思考は成り立たなくなります。
私たちは“目的”を変えれば、いつでも行動を変えることができる。
それが、アドラーが言う「人は変われる理由」です。
トラウマは存在しない
高熱を出して医者に診てもらう例から
フロイトは、人の心の問題の多くは「トラウマ(心の傷)」が原因だと考えました。
しかしアドラーは「トラウマは存在しない」と断言します(ある意味凄い!)。
たとえば、ある人が「過去に失敗した経験があるから、人前で話すのが怖い」と言うとします。
フロイト的には“その過去の出来事が原因”です。
でも、アドラー的には違います。
「人前で話さない」という行動を通じて、“恥をかきたくない”“失敗したくない”という目的を達成している、と考えるのです。
先ほどの「風邪」の例に置き換えると、
「寝冷えした(原因)」という過去を掘り下げても、病気は治りません(治すには時間が必要です)。
大切なのは「治したい」という目的を持って行動することです。
トラウマのように“過去”に囚われて生きるのではなく、“いま、どうしたいか”という目的に意識を向けることで、人は前に進めるのです。
人は怒りを捏造する
母と娘の口論の例
アドラー心理学では、感情さえも「目的」をもって使われると考えます。
その典型的な例が“怒り”です。
たとえば、母と娘が激しく口論していたとします。
お互いに言い合いが止まらず、感情が高ぶっています。
そのとき――電話が鳴りました。
母親は一瞬で冷静になり、電話に出て穏やかに「はい、もしもし」と話します。
これは「怒り」が自然に湧き上がった感情ではないことを示しています。
母親は「怒ることで相手を黙らせたい」「自分の主張を通したい」という目的を持って怒っていたのです。
電話という外的要因が入った瞬間、その目的が一時的に消え、怒りも消えました。
アドラーは言います。
「人は怒りに支配されているのではない。怒りを使っているのだ。」
つまり、怒りは本能ではなく“手段”なのです。
この視点を持つと、感情に振り回されずに自分の行動を選べるようになります。
過去に支配されない生き方
「過去がこうだったから」と言い訳してしまうのは、人間の自然な反応です。
でも、アドラー心理学では「過去は変えられないが、過去の意味づけは変えられる」と考えます。
たとえば「厳しい親だった」ことを“つらい過去”と捉えることもできるし、“努力を学ぶ機会だった”と意味づけることもできます。
解釈を変えるのは簡単でありませんが、同じ過去でもどう捉えるかによって“いま”が変わるのです。
ソクラテスとアドラー
『嫌われる勇気』は、哲人と青年の対話形式で進みます。
この構成は、古代ギリシャの哲学者ソクラテスの「問答法」に似ています。
ソクラテスは、直接教えるのではなく、問いを重ねることで相手自身に“気づかせる”ことを重視しました。
アドラーも同じく「他人を変えるのではなく、自分で気づき、自分で選ぶ」ことを大切にしています。
あなたは「このまま」でいいのか
青年は「私は変わりたい」と訴えますが、哲人は静かに言います。
「あなたは“変わらない”という目的を持っているのです。」
変わらない理由を探しているうちは、決して変われません。
現状維持は一種の“安心”でもあるからです、僕自身もその一人です。
安心と引き換えに「成長の機会」を手放してはいけません。
あなたの不幸は、あなた自身が「選んだ」もの
この言葉は、冷たく聞こえるかもしれません。
でも、アドラーの真意は「だからこそ、幸せも選べる」という希望にあります。
「自分の不幸は自分が選んでいる」と気づいた瞬間から、人は自由になります。
他人のせいでも、過去のせいでもなく、自分の意思で“どう生きるか”を選べるようになるのです。
人は常に「変わらない」という決心をしている
僕自身そうですが多くの人は「変わりたい」と言いながら、実は“変わらない理由”を探しています。
変わるには、勇気が必要だからです。
アドラーが説く「嫌われる勇気」とは、まさにこの“変化の勇気”を意味しています。
あなたの人生は「いま、ここ」で決まる
アドラーは言います。
「過去も未来も存在しない。あるのは“いま、ここ”だけだ。」
私たちは、過去を悔やみ、未来を心配して生きがちです。
でも、人生を動かせるのは“いまこの瞬間”しかありません。
「どう生きたいか」をいま決めること、それがアドラーの言う自由であり、勇気なのです。
僕の感想
この本を読んだとき、「原因」と「目的」という考え方の違いにものすごく衝撃を受けました。
なぜなら、僕自身も含め、世の中の多くの人が“原因だけ”で生きていると気づいたからです。
「○○だから仕方ない」「昔こうだったから今もこうだ」――こうした考え方は、すべて原因論的です。
僕はこの違いを意識的に区別できるようになるまで、約3年以上かかりました。
原因論では「〜だから」「〜だったから」という言葉が多く、
目的論では「〜したい」「〜する」といった前向きな言葉が増えます。
たとえば、僕の関心ごとは“老後の生活”です。
原因論的に「年金が少ないから貧しい老後になる」と考えると、未来は閉じます。
でも、目的論的に「今から対策を作っていく」と考えれば、未来は開かれます。
アドラーの教えは「過去を変えなくても、未来を変えられる」という希望そのものです。
そしてそれは、“いま”どう生きるかを選ぶことから始まるのだと思います。
「あなたの人生は、いま、ここで変えられる」
──その言葉を胸に、今日も少しずつ目的に向かって進んでいきたいと思います。
年金に頼れない時代、これからの収入源や資産形成をどう築くか。IT業界での経験と数多くの書籍から得た知識をもとに、Web5.0やデジタル資産を活用した新しい働き方、健康や暮らしの知恵を発信しています。老後資金や副業への備えなど、長寿社会を前向きに生き抜くための実践的なヒントを届けるブログです

